手作り職人こだわりの味
株式会社エム・トゥ・エム
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レストラン太平洋
ポタール食品
株式会社エム・トゥ・エム
模様あゆみ模様
家系図
祖父から孫へ・・・
1876年 黒田政吉は浅草区(現在の台東区)北仲町、区役所横町にフランス料理太平洋を開く
上野精養軒に学び、今日にも通じるような独特の趣を持った店だったようで、有名人も多く出入りしていたそうです
1928年 黒田長蔵は、区画整理で室町一丁目に移り小さいながら本格的なレストランの開業となりました
日本橋レストラン太平洋
当時としては珍しい牛革の表に「太平洋」と金文字で書かれたスリッパに履き替え、2階に上がると部屋は、腰高の羽目板にチョコレート、真っ白の天井には大きなシャンデリアが輝き、純白のテーブルクロスには銀の一輪挿し・・・
すでにトイレは水洗という、なかなかのお店だったようです
調理場には精養軒出身のコックが二人とボーイが三人、かの海軍元帥東郷平八郎も太平洋のカレーを愛し、長蔵が作りに行っていたそうです
1933年 レストランの味をご家庭で・・・
粉末クリームスープの素ホワイトソースを開発、我が国初の粉末スープを完成する
ここからがエム・トゥ・エムのホワイトソースの始まりです
太平洋食品研究所
1935年
ホワイトソースの特許を取得し深川区(現 東京都江東区深川)にスープ用工場を設ける(太平洋食品研究所)
長蔵は工場で食品研究の開発に力を入れ、店は房子が切り盛りしていたそうで、コース料理だけに限らず一品料理(カレーやグラタン)を出すようになり大衆に人気の店となる!!

レストラン太平洋の前で昭和15,6年頃
レストランと工場の従業員の集合写真
(右前三列目が長蔵、前列右3番目が房子、前列左2番目が圭助)
1945年3月10日
東京大空襲により、店舗・工場や過半数の従業員、協力者を失い別荘である鎌倉に移転

1950年
鎌倉市大町1293番地にて太平洋食品研究所を再建
ホワイトソース
ホワイトソースご使用例
1963年
代表取締役を黒田圭助、 社名も主力商品名「ポタール食品」とした
陸上自衛隊を軸にラーメン用のカレー、ブラウンルー等下請けとしての活路を見出す

1980年
かながわ生活協同組合にポタールを納入開始
1981年
生活クラブ生活協同組合との共同開発により同生協指定品としてカレールー及び純カレー粉を生産

1994年
納豆用ドライカレーの特許を取得

1998年
会社の存続が厳しい状況となる
ポタール食品
1999年 11月16日 株式会社エム・トゥ・エム設立
祖父や父が使って来たロゴマーク(著・故横山隆一先生)を若々しく一新し自社ブランドとして販売開始
商品はもちろん、祖父が開発し父に伝えて来たホワイトソース、カレールー、父が開発したビーフシチューのたった3アイテム
2013年 井出トマト農園とのコラボレーションにて湘南トマトカレー、湘南トマトハヤシを販売開始
20●●年 アンテナショップとして
「レストラン太平洋」をオープン
-伊藤眞代の夢-
幼いころ祖母に聞かされたレストランの話、父母の時代を経て、
いざ復活しよう太平洋を!!!
あゆみ

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